認知症になった祖母がグループホームに入所したくないが入所した時の話。

介護
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独居の祖母が認知症になった

Sabine van ErpによるPixabayからの画像

もう何年も前の話ですが祖母が認知症になりました。

90歳過ぎた祖母は祖父の介護をしており、その祖父が亡くなってからは一人で生活していました。

祖父が亡くなってから少しづつ認知症の症状が出てきました。

そしてある日から

週に1回来てくれていたヘ訪問介護のスタッフさんについて

「あの人が財布を盗った」

と母に相談するようになりました。

これはとうとう・・・

母と私は思いました。

グループホームの提案・祖母の入所拒否

祖母は少しずつ出来る事が減ってきていました。

認知症特有と言えばいいのでしょうか、専門用語でいうとBPSDという症状の一つの”物取られ妄想”が出だした位から、弱かった足腰が更に弱くなってきました。

”歩く”というより”這う”ようにトイレに行っていました。

けれど身体介助は拒否しました。

訪問介護の方には掃除をお願いしていましたが、嫁が言うから来てもらっているだけだと言うのが祖母の言い分だったと思います。

祖母の家は実家から車で一時間程度の距離だったので、母は時々祖母の様子を見ていました。

失禁が増えこたつの中もに尿臭がし、それでも母の排泄介助を祖母が拒み、母に対して暴言が出た為施設入所を検討することになりました。

物取られ妄想があるため訪問介護はこれ以上増やせないと思った母の判断です。

ケアマネをしていた母が選んだのは地元のグループホームでした。

母から祖母に入所の提案をしましたが祖母は断固として拒否しました。

何度か祖母を説得しようと母や父は祖母と話しますが、話をするたびに祖母と母の仲は険悪になっていきます。

というより、祖母の中で母がどんどん悪者になってしまいます。

祖母は

「昔老人ホームに入所した知人の面会に行ったら、そこはとてもひどい所だった。あんなところに行く位なら死んだ方がマシ」

と言い、決して首を縦には振りませんでした。

入所を希望していたグループホームに祖母の馴染みの方も入所したので、そのことを祖母に伝えてもダメでした。

祖母をだました家族、グループホーム入所

祖母は怒りっぽくなり、部屋の尿臭は強くなるばかりで、とうとう母と父は祖母を騙してグループホームに入所させました。

病院へ行くと言って祖母を車に乗せそのままグループホームへ連れて行ったのです。

とんでもない話かもしれませんが、ケアマネをしてた母もそれは十分わかっています。

施設側からしても随分迷惑な話です。

それでも色々と手を尽くした母が

「もうそうするよりどうしようもない」

と思い悩んだ末実行した事でした。

グループホームへの入所・祖母の変化

Photo by Artem Labunsky on Unsplash

入所してしばらく祖母は

「帰りたい」

と繰り返いしていたそうです。

そりゃそうです。

無理やり連れてこられた訳ですから。

ところがある日事件が起きました。

入所していたグループホームには同じ地域の馴染みの方も入所していました。

祖母の

「帰りたい」

を毎日聞いて慰めてくれていたらしいんですが、ある日とうとう聞くのが嫌になって祖母に怒ったそうです。

「そんなに帰りたいなら帰れ!

ワシ(女性です)はここで暮らすって決めたんや!

帰りたい奴は勝手に帰れ!!」

すると気が強い祖母は言い返したそうです。

「ワシもここに住む!

お前が帰れ!!」

なんのこっちゃわかりませんがそこから祖母は繰り返し「帰りたい」と言わなくなったそうです。

祖母は認知症ですがこの出来事はしっかりと覚えており、私が面会した際も祖母からこの事を聞きました。

祖母の話の内容はグループホームのスタッフの方が言っていることを合致していました。

祖母はそのことを笑って私に話し、それからも馴染みの方とは仲良く毎日庭の畑の前に座って日向ぼっこしたりして過ごしていました。

介助を受けるということ・グループホームでの日々

Photo by Mariia Chalaya on Unsplash

祖母はグループホームに来て良かったと言っていました。

「ここは体も綺麗に洗うの手伝ってくれる。

ワシの手が届かんかったところもや。」

等と言ってグループホームのスタッフにも感謝していました。

やはり時々、時期関係なく年末だと思い込み、子供たちが帰って来るから餅の用意をしないと、と話したり田植えの段取りについて話したりしていましたが、それでも一人暮らしをしていた時より穏やかな様子でした。(実際もう米は数年前から作って無かったのですが)

這うようにしてトイレに行っていた祖母がシルバーカーを押してトイレに行っていっていました。

思えば祖母は若くして祖父の元へ嫁いで以降、人生で一度も人に甘えたことは無かったのではないでしょうか。

好き放題やっている祖夫の元へ嫁ぎ、実家に帰省することも無く5人の子供を育て苦労して必死に働きて、甘えたり助けてもらうということを知らない人生を送ってきたと思います。

”介助を受ける”という事は想像が付かなかったことではないでしょうか。

90歳を過ぎてやっと人に助けてもらう経験をしたんだと思います。

これからは少し肩の力を抜いて少し楽に生きて欲しいなんて思いました。

認知症があっても祖母は祖母です。

物取られ妄想や母に対してきつくなったのは認知症や動作の低下と一人で必死に戦っていたからなのかもしれません。

その後祖母は諸事情あり特養に入所し亡くなりましたが、グループホームで過ごした時間は苦労してきた祖母にとって穏やかな陽だまりのような時間だったかもしれません。

あの時のグループホームの方々には感謝しています。

祖父の認知症についてまとめた記事はこちらです。

認知症についての記事はこちらです。

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